この写真の真ん中の建物。
これが今も残る、当時の鉱員住宅です。
鉱山が栄えていた頃は、龍山も随分と賑やかだったとか。
学校の生徒数も多く、劇団や歌舞伎の興業もやってきたそうです。
移り住んだ鉱員だけでなく、流れ者も暮らしていたため、飯場でのいざこざもしょっちゅう。
良くも悪くも、活気に溢れていたのですね。
と、こうして紹介しておいてなんですが、
実はまだ、直接見に行ったことはありません。
往療中は、川を挟んだ反対側まで脚を伸ばす時間的余裕がなかなか取れないもので。
いずれ休みの日にでも、改めて訪れてみたいものです。